2018年4月18日水曜日

ジェーン・グドールさんの平和の創り方

世界に平和をもたらすため、そして世界に変化を起こすために、もっとも大切なことは何でしょうか? このとてつもなく大きな問いに、とても具体的で、あなたにも私にも、そして今日からでもできることがあります。


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平和は、内側から始まります。

私たちがなんとかして、自分たちの内側に平和を見出すことで、他の人々に対しても平和のメッセージを届けることができます。

どうしたら、自分の内に平和を見出せるでしょうか? 
とても困難な状況の中にある時、例えばあなたが難民だとしたら・・

私にとってそのただ一つの方法は、1日1日、自分の最善をもって、

少しづつでも自分の周りの世界を良くすることです。

床について1日を振り返る時に、「今日も最善をなすことができた」と言えること・・とても困難な状況だったかもしれない日に。

それが、あなたの中に平和につながる気持ちをもたらしてくれるのです。

そして、他者をより良く助けられるようになります。

1人ひとり、私たち皆が大切な存在で、世界に果たすべき役目を持っています。

今はまだ、それがなんなのか分からないとしても。

さらに大切なのは、私たち1人ひとりが日々生きる中で、この地球に影響を与えているということです。

私たちは、とても幸運な立場にあります。
私たちが与える影響を、自分で選択できるという。

何を買うか? 何を着るか? 何を食べるか?


このような小さな選択が どれほど 大きな影響を 未来の世代に及ぼすことでしょうか?
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この動画に出てくるジェーン・グドールさんは国連平和大使であり、チンパンジーの研究で世界的に有名な霊長類学者です。

穏やかで優しさと愛がにじみ出たあり様に溢れたジェーンさんのメッセージは、それを聞く私たち1人ひとりの心にポッと灯をともしてくれるかの様です。

2018年4月11日水曜日

森にも人と同じ権利を! ~コロンビアの歴史的判決~

2018年4月5日、コロンビアの最高裁判所が「コロンビア・アマゾン」を「法的権利を認められるべき対象」とする判決をしたそうです!


これ、発端は25人の若者たちによって起こされた裁判だそうです。
彼らは、コロンビアにおける気温上昇が彼らが本来保有する「健全な環境、生命、健康、食料、そして水」に関する基本的な権利を侵害していると訴えたそうです。

最高裁は彼らの訴えを認めただけでなく、政府の取り組みの不足を指摘し、4ヶ月のうちに関係機関をも巻き込む形でコロンビア・アマゾン地域の森林伐採を削減するアクションプランを提出するように求めました。

アマゾンの重要なエコシステムを守るためには、コロンビアのアマゾンを「法的権利を保有する存在」として認めることが必要だと最高裁は判決したとのこと。

ちなみに、コロンビアでは去年、憲法裁判所において「アトラト川」という川にも人と同じく法的な権利が認められたそうです。

世界で初めて「自然の権利」を認めたエクアドルといい、コロンビアの今回の判決といい、コスタリカの奇跡といい・・・南米、アツいですね。

彼らが、この裁判を起こした原告団だそうです。わかっ!

*この記事は、若者たちの裁判をサポートした団体 Dejusticia のサイトからのニュースを参考にさせていただきました。
*動画は、World Economic Forumさんより。


https://www.dejusticia.org/en/en-fallo-historico-corte-suprema-concede-tutela-de-cambio-climatico-y-generaciones-futuras/


2018年3月30日金曜日

無価値なものに価値を!

インスパイアリング動画ファンのみなさま、
長らくお待たせしました! 今年2本目のクリキブログです (^_^;)
今日は南アフリカの女性社会起業家でフォーブスアフリカにも紹介された
Thato Kgatlhanye (タト・カタンヤ)さんの素敵なイノベーションです!

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タトの解決策は 持続可能で 安全だ
さらに ビニール袋の再利用は 環境の保全にもつながる
子ども達にとっては 自分たちの 尊厳を回復することにも つながっている
「時々 ビニール袋が とても象徴的だと思うんです」
「社会が自分たち自身をどう見るかの」
「子ども達は こう言っています」
「自分は 無価値に見えるかもしれないけど 実際は 価値があるんだ」
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確かに、捨てられるビニール袋は無価値に思えるかもしれません。
しかしそれは、本来は価値があるものを使い捨てにしてしまっているだけなのかも
しれません。

そして、私たちがその価値を認めさえすれば、
使い捨てにしているもの達が豊かな輝きを放ち始めるのですね!

2018年2月9日金曜日

ムニ・ウィチョニ(Mni Wiconi)生命の水と語る 〜パット・マケイブと水との対話〜

明けましておめでとうございます!
長いお休みをいただいていました。今年最初の動画は何にしようかと思っているうちに、気がついたらもう2月です。今日のテーマは「水は命」です。


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ラコタ族の祈りには、
ムニ・ウィチョニ(Mni Wiconi) という祈りがあります たくさんの意味を持つ言葉ですが、端的に言えば水は命 という意味です

命の源というだけでなく「
水は生きている」という意味でもあります 水には意識があり私たちの言葉を聴いていると

水は蒸発し 文字どおり 世界を旅します 雲の中を通って
それと共に あなたの 言葉や意図も 旅をします
雲となり どこへでも思いのままに
あなたの祈り あなたの定めた意図は
雲となって旅をして
雪となって アンデスに降るかもしれません
アンデスは こう言うでしょう
「あゝ 私の孫娘が祈っている」
「彼女が 善きことを祈っている」
「彼女は生命と調和して生きている」
森林の中に生きる すべての生き物たちも
この意図を 分け合うのです


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イルカやクジラはもとより、動物や虫、魚、そして木や草にも感覚や意識がある等々、以前には考えられなかったような事実が発見されている今となっては、「水が生きていて
意識がある」という考え方も不思議ではない気がします。

名著「出現する未来」などにもその名前が出てくるジョン・ミルトンという人も、木や花、動物、岩、流れなど様々なものとのつながりを「個人的に」作っていく方法を教えています。そして、そのようなつながりの中で世界を見、聴き、交わっていくときに出現する「全てはつながっている」世界の有り様が、「シンクロニシティ」という現象だと。

今度カヌーやシュノーケリングで、海に行ったり川や湖にいくときには、自分の中の「最もよき意図と祈り」を持って水に話しかけてみようと思います。

その祈りが、遠くアンデスの山々や、アフリカのサバンナや、アマゾン熱帯雨林と自分をつなげてくれると思うと、とてもワクワクしますね。


2017年12月31日日曜日

究極的な問い 〜私は何者であるか〜

今日は大晦日。あと数時間で2017年が終わろうとしています。
一年の最後の日にふさわしい動画はなんだろうかと思案したのですが
価値観が激しく揺さぶられること時代に、自分は何を大切にするのかを考えさせてくれるこの動画をお届けします。


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『究極的な問い』に答えられない社会は 社会とは言えない

その場の誰も 私の問いに 答えることができなかった

それが『究極的な問い』であればこそ
私たちは そこに立ち戻らなくては

私たちの世界は 石の壁に向かって まっすぐに 突き進んでいる
私たちはまだ 後戻りできるところにいる 私は そう信じている

しかし「後戻りできない地点」に私たちは 近づいている

一日一日 「正しいこと」を選ばないでいるたびに
可能性はどんどん狭まっていく


日々 私たちは可能性を失っているのだ
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この動画、現代は "A Moral Question" と言います。
日本語に直訳すると、「倫理的な問い」。善悪や真実と嘘など、相反する二つの要素のどちらを選ぶべきかを問うような問いのことをモラル・クエスチョンというそうです。

仕事か家族か、会社かプライベートか、経済成長か環境か など、私たち自身が二つに分断されそうな時に、私たちが何を選んでいくのかは、まさに究極的な選択なのでしょう。

「一日一日、正しくない選択をするたびに、世界をよりよくできる機会であったはずの日が失われてしまう・・・」上記に引用した最後の文は、直訳ではそのように訳せます。

ある環境学者は、「今日ほど、私たち市民一人ひとりが日常的にする選択に重要性がある時代は今までになかった。私たちがする一つひとつの選択は、地球全体にも、宇宙全体にとっても決定的に重要な意味がある」と言っています。

すぎた年を振り返り、新しい年を迎えるこの日に、私たちは何を選びどう行動するのか?それを考える時間を持ちたいと思います。

2017年12月24日日曜日

Someday at Christmas by Stevie Wonder and Andra Day

僕らが生きているうちには 叶わないかもしれないけれど
いつの日か クリスマスに・・・

今日はクリスマスイブ。今日の動画には字幕はついていません。
かわりに、下に英語のオリジナル歌詞とその日本語訳を。

もしよかったら、動画を流しながら歌を味わってみてください。

いつの日か、こんな世界が訪れることを信じて。

素敵なクリスマスを。


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Someday at Christmas men won't be boys
いつの日かクリスマスに 人々は本当の意味で大人になって
Playing with bombs like kids play with toys
おもちゃで遊ぶ子どもみたいに 爆弾を弄ぶのを止められるだろう

One warm December our hearts will see
暖かい12月の日に 僕らは見るだろう
A world where men are free
すべての人が解放された世界を

Someday at Christmas there'll be no wars
いつの日かクリスマスに 戦争のない世界が訪れるだろう
When we have learned what Christmas is for
僕らがクリスマスの 本当の意味を学ぶ時に

When we have found what life's really worth
僕らが生命の大切さを 本当に見つける時に
There'll be peace on earth
地には平和が訪れるだろう

Someday all our dreams will come to be
いつか僕らの夢が叶う日がきっとくる
Someday in a world where men are free
いつか すべての人が自由になる日が

Maybe not in time for you and me
僕らが生きているうちには 叶わないかもしれないけれど
But someday at Christmastime
いつの日か クリスマスに

Someday at Christmas we'll see a land
いつの日かクリスマスに こんな世界が訪れるだろう
No hungry children, no empty hand
飢えた子どもや 空っぽの手がない世界が

One happy morning people will share
幸せに満ちた朝を 人々が分かち合っている
Our world where people care
互いに思いやり 愛し合う世界を

Someday at Christmas there'll be no tears
いつの日かクリスマスに 涙の流れない日がくるだろう
All men are equal and no men have fears
すべての人が平等で 瞳には喜びが溢れる日が

One shinning moment one prayer away
輝きに満ちた朝 祈りは届くだろう
from our world today
今日僕らが捧げる祈りが

Someday all our dreams will come to be
いつか僕らの夢が叶う日がきっとくる
Someday in a world where men are free
いつか すべての人が自由になる日が

Maybe not in time for you and me
僕らが生きているうちには 叶わないかもしれないけれど
But someday at Christmastime
でも いつの日か クリスマスに

Someday at Christmas man will not fail
いつの日かクリスマスに 人は過ちを犯すことを止めるだろう
Hate will be gone love will prevail
ヘイトはなくなり 愛が世界をおおう

Someday a new world that we can start
いつの日か 僕らは新しい物語を生き始める
With hope in every heart
すべての人の心が 希望に満たされて

Someday all our dreams will come to be
いつか僕らの夢が叶う日がきっとくる
Someday in a world where men are free
いつか すべての人が自由になる日が

Maybe not in time for you and me
僕らが生きているうちには 叶わないかもしれないけれど
But someday at Christmastime
いつの日か クリスマスに

someday at Christmastime

いつの日か クリスマスに

2017年12月19日火曜日

人生の価値を決めるのは ~プライスレスな石と少年の物語~

今日紹介する動画は、たまたまSNSで流れてきた動画です。
「僕の人生の価値はなんだろう?」少年がそうたずねると、
父親は思いもかけないことを少年に指示します。 さて、父親の語ったこととは・・


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お前は 今までの人生でずっと
お前の価値は2ドルくらいだと 言う人に 囲まれて 生きてきたかもしれない
だがすべての人は 内側に 宝石のような輝きを 持っている
どんな人に囲まれて生きるかを 私たちは 自分で選ぶことができる
私たちの価値と 内なる輝きを 認めてくれる人たちを 選ぶこともできる
自分を市場に置くか 宝石店に置くか それは 私たちが選べることなのだ
他の人の内に 価値を見るかどうかも お前が 選ぶことができることだ
彼らが 自分の内なる輝きに 気づくのを 助けることもできる
だから 自分の周りにいる人を 賢く 選ばなくてはいけない
それで お前の人生は 全く違ったものに なるだろう
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私たちは自分の置かれた環境を、自分のコントロールできないものと考えたり、
自分が今の状況にあることを、周りの人のせいにしてしまいがちです。

そうして、自分ではどうしようもないこととして、その環境や周りの人の「被害者」になることに甘んじてしまいます。

けれど、自分と周りの人の関係を、私たちは自分で選ぶことができる。

自分の価値も、周りの人の価値も、選ぶのは自分自身。

そして、私たちが周りの人の価値を、値付けできないほどのものとして選ぶことを自分で選択するなら、その現実が私たちの周りに溢れてくる。

そんなことに気づかせてくれる動画でした。